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釧路家庭裁判所帯広支部 昭和54年(家)71号 審判 1979年5月14日

申立人 吉川砂織

右法定代理人親権者 吉川隆雄 外一名

主文

申立人の名を「沙織」に変更することを許可する。

理由

一  本件申立の趣旨および理由は

(1)  申立人は、昭和四六年一二月六日父吉川隆男、母吉川明子の長女として出生した者であるが、父母は申立人を「沙織」と命名したうえ、父吉川隆男において同月一一日帯広市長に対しその出生届を提出したところ、「沙」という文字が当用漢字および人名漢字にないことを理由にその受理を拒否されたため、不本意ながらやむを得ず、その場の判断で申立人の名を「砂織」として届出をなし、受理されるに至つた。

(2)  しかるに、昭和五一年になつて「沙」という文字を使うことが認められるに至つたので、申立人の戸籍上の名「砂織」を念願の「沙織」に変更することを許可されたく本申立に及んだ

というにある。

二  よつて検討するに

(1)  申立人の父吉川隆男、母吉川明子に対する各審問の結果および本件記録添付の戸籍謄本によると、前記一(1)記載の事実および命名権者たる父母が「沙織」という名に強い愛着を持ち、命名に際し他の名は考えていなかつたこと、「沙」という漢字のかわりとして使つた「砂」という漢字に強いわだかまりを持つていること等の事実が認められる。又、「沙」という漢字は、従来、戸籍法五〇条、同法施行規則六〇条にいう常用平易な文字と定められていた当用漢字表(昭和二一年内閣告示第三二号)および人名用漢字別表(昭和二六年内閣告示第一号)に掲げる漢字に含まれておらず、人名として用いることが制限されていたが、昭和五一年七月三〇日前記施行規則の改正と人名用漢字追加表(以下単に追加表という)が昭和五一年内閣告示第一号として告示されたことにより、新たに人名として使えるようになつたことは、申立人主張のとおりである。

(2)  ところで、当用漢字表や人名用漢字表になかつたため、やむをえず子の名に用いることができなかつた漢字が、出生届をした後に追加表に掲げられたことにより人名として使うことができるようになつたとしても、それは告示後において人名として使用し得る漢字の範囲が拡大された、ということを意味するだけあつて、この故をもつて直ちに戸籍法一〇七条二項にいう名を変更するについての「正当な事由」が存するものと判断することはできないが、以下の事情は本件において同条項にいう「正当な事由」の存否を判断するうえにおいて考慮すべきものと考える。

すなわち、昭和二六年五月二五日に人名用漢字別表が制定告示され、人名として使用しうる漢字は増加されたものの、字種拡大を求める声がなおも強くあつたことから、昭和五一年七月三〇日に至り前記追加表の制定告示と共に戸籍法施行規則六〇条を改正し、「沙」という漢字を含めた二八の漢字を新たに人名として使用することができるようにしたものであるが、当裁判所調査官○○○○作成の調査報告書に引用されている戸籍三八二号の資料(法務省民事局第二課「人名用漢字追加表に掲げられた漢字の使用状況について」と題する実態調査の報告)によると、昭和五一年一〇月中の一か月間に七都県合計一三五市区町村において提出された出生届書合計一二、七一一通を調査対象として調査した結果、追加漢字を用いて命名された子の数は合計三五〇で調査対象総数の二・八%あり、追加漢字のうち、使用頻度が高い漢字は「梨」「沙」でそれぞれ五二人いたこと、しかもそのうち「沙織」という名が二二人いたとのことであり、又前記調査報告書引用の帯広市民課戸籍係作成の「命名用漢字使用頻度調」と題する資料によると、昭和五二年四月一日から同年七月三〇日迄の四か月間に同係が受理した出生届書八一三通を調査対象として調査した結果、前記追加表に掲げられた漢字を用いて命名された子の数は合計二八人で調査対象総数の約三・四%あり、追加漢字のうち、使用頻度が高い漢字は「沙」で七人いたこと、しかもそのうち「沙織」という名が二人いたとのことである。

これらの実態調査によつて前記追加表に掲げられた二八の漢字、特に「沙」という漢字がかなりの頻度で使われていることは、現在人名に使用しうる漢字が合計一、九七〇字あることから考えると容易に理解しうるし、「沙」という漢字を人名に用いることを求める声が強かつたことの証左ともなりうるものと解しうる。

(3)  以上のような「沙」という漢字が人名に用いることができるようになつた事情および告示後の使用状況と命名は親の子に対する一定の感情をこめてなされるものであり、そうした感情は他の利害と衝突しない限りにおいては充分尊重されるべきものであること、本件においては「沙織」を「砂織」と改めて届出をなすにつき母親は直接干与しておらず、その点の不満が現在も継続して存在していること、「砂と「沙」は同音同意語であつて、「砂」を「沙」に変更しても名を呼ぶ上において変化はないこと、申立人は現在八歳の少女で社会との係わりも少なく、従つて改名することによる幣害や社会的影響も僅かであること等の事情を斟酌すると、申立人には「砂織」という名を「沙織」という名に変更するについて戸籍法一〇七条二項にいう「正当な事由」が存在するものと解するのが相当なものと思料する。

三  よつて、主文のとおり審判する

(家事審判官 川島貴志郎)

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